ふるさとと関東の架け橋役として:長野県松代高等学校同窓会関東支部

今回のにほんの同窓会のインタビューは長野県松代高等学校 同窓会の関東支部長 山岸喜昭様にお話しを伺いました。

インタビューイ:長野県松代高等学校 同窓会 関東支部長 山岸喜昭様
インタビューア:中村 充(にほんの同窓会理事長)

中村:
本日は、長野県松代高等学校110年を超えた古い学校の
今回はですね、関東支部長の山岸喜昭様に来て頂きまして
ちょっとお話を伺いたいと思います
よろしくお願い致します

関東支部長:
よろしくお願い致します

中村:
関東支部を立ち上げられてるということで
私もびっくりしたんですけど
関東支部で会報をちゃんと出されてるところっていうのは
非常にめずらしいなと思ったんですけど
他にも、地方の方にある同窓会とかは関東支部とかね関西支部とかあるとこ
多いんですけども
なかなかここまで出来るところは少ないなあと思いまして
そこら辺の経緯もひっくるめてね ノウハウもひっくるめて
ちょっとお話しを伺いたいなと…

また支部長さんになられたきっかけも
どれくらい携われてるんですか?
支部というのはいつからあるんですか?大体
学校は100年超えてますよね?

関東支部長:
松代高校は平成28年に110周年迎えまして
同窓会の組織でございますけど
もう商業学校、旧制女学校の時から同窓会ありましてね
昭和24年の学生改革で新生高校が設立されました

松代本部の同窓会では、卒業生全員がですね
同窓会に加入するわけでございますけども
関東支部はですね
平成元年に設立されたんです

中村:
わりと最近なんですね

関東支部長:
最近なんです
と申しますのはですね、東京に数多くの方が就職して
住んでるわけですけども当時はですね
関東の場合は、旧制の松代商業学校をですね
松代高校の前身で
それと松代高等女学校とそれから昭和24年の4月に高等女学校と松代商業学校が合併致しまして、現在の松代高等学校になったわけなんです
関東の同窓会も旧制女学校と旧制商業学校で各々同窓会があったんですけども
やはりこれをひとつに統一して
それで旧制商業学校、女学校も新生高校のみなさんもひとつの同窓会を
作りましょうという気分が盛り上がりましてね

中村:
同窓会の合併ですね

関東支部長:
合併ですね
それで、松代高等学校同窓会関東支部ってのが設立されたわけです
それで、設立した当時は年に1回のですね
総会ですね

それで、決算とか予算の審議とか
こういったことをしてきた訳ですけども
やっぱり年に1回ね
総会に開催するだけではなくて
何とかその同窓会の関東支部の会報ですね
こちらの会報を作って、ふるさと母校の紹介だとか

または、関東支部の活動内容だとか
そういった情報をですね
関東支部の皆さんにお知らせしたいという気分が大分高まってまいりまして
その新聞はですね平成元年に総会が設立された8年後からでございますから

中村:
15号になるんですかね?

関東支部長:
ですから同窓会設立してから今年は30周年なんですけども
丁度、15年くらい前からこの同窓会報と
もうひとつはクラブ活動が設立されたんです

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

離れててもふるさとと繋がっていられる

中村:
クラブ活動とおっしゃると?

関東支部長:
こちらの会報にも紹介されておりますけども
クラブ活動が6つの団体があります

中村:
支部の中で、親睦のために

関東支部長:
支部の中で、そうなんです
このクラブが、読み上げますと俳句のクラブですね
囲碁クラブ、それからパソコンクラブ

中村:
パソコンクラブというのがあるんですね

関東支部長:
パソコンクラブは、各々アドレスにですね
昔風にいうと絵日記ですね
私は、どこどこに旅行に行ってきましたと
その時の撮った写真だとかそれから気がついた感想を
お互いにクラブの中でやりとりするんですよね
メールの交換なんです

中村:
なるほど

関東支部長:
それから、カルチャーウォーキングクラブ
これは東京中心としてですね
有名な神社とか美術館だとか公園にみんなでウォーキングするんです
それで、お昼ご飯はその会場のですね芝生の公園なんかあるんですよね
そこにみんなお弁当広げて食事をしながら会話をすると

中村:
楽しそうですね

関東支部長:
非常に人気があるんですね

中村:
結構集まってますもんね
写真を見ますとね
入りきれないくらい

関東支部長:
30名くらいの方が集まります
それと、あと2つはゴルフクラブですね
それから、ハイキングクラブということで
6つのクラブ活動が同時に出来たんです
こちらの会報の発行とそれからクラブ活動が出来ました

支部だからこその自己紹介の仕方

中村:
支部の中にクラブ活動があるっていうのはちょっと楽しいですよね
ただみんな集まるっていうのは一般的ですけど
それはそれとしても自分の趣味でクラブに入って参加出来れば交流が深まりますよね
同じ趣味を通してということになって
これは素晴らしいノウハウかなとこの支部においても
一般同窓会、本部の中にもこうゆうのあったら楽しいですよね
同じ趣味で集まれるわけですしね

関東支部長:
そうですね

中村:
でも、これを支部でされてるというのが凄いなあ

関東支部長:
このクラブ活動をですね
設立したお陰でクラブ活動を通じて先輩と後輩のですね
つながりが深まったんです

中村:
そうですね
本部と違って同級生っていうわけではないですもんね
松代出身の、いらっしゃるわけですから上から下まで
全部、上下関係がね
普通、地元の方でやるとクラス会とかね同期会とかいうのがやりますけど
支部の場合はそこを結びつけるためにはすごいいいかもしれないですね
こうゆうクラブ

関東支部長:
クラブ活動はですねどこのクラブもそうなんですけども
必ず自己紹介する時には松代町のどこどこの出身ですと

中村:
なるほど そうするとわかるわけですよね

関東支部長:
松代町のどこの出身ですと

中村:
地元だからわかるわけですよね あそこのと言って

関東支部長:
総会の時も各自のネームプレートはですね
どこどこ出身って書くんです
それと何年に卒業して、名前がどうだったと

中村:
なるほど

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

関東支部長:
それと松代町というのはですね
町の中心の先の方に筑後川が流れているんです
山でこの字型に囲まれてるんです
そうしますと人口は今でも2万人の小さな町ですけども
このクラブ活動をして、私がどこどこの出身ですと
すると先輩が、いやそこの村にね
私の同級生いるんだよとか

中村:
そうですね
あそこの息子かとか
そんな感じですよね?

関東支部長:
私のいとこもいたんですよ

中村:
お父さんの同級生とかそんな感じでしょうね
若い子からしてみれば

関東支部長:
私の兄も姉も同じ松代高校を卒業しました
なんだ山岸さんの末っ子なのか

中村:
そうゆう感じですよね、多分ね、わかります

関東支部長:
そんな感じでね
非常に交流が深まり和やかになるんですよね

中村:
そこでもう、なんかこう親近感が湧きますよね
初めてでお会いする方でもね

関東支部長:
そうなんですよ

中村:
これはちょっとポイント自己紹介
支部の場合は、この自分の町を言ってね
自分の町だったらみんなわかりますもんね

関東支部長:
はい そうなんですよ

中村:
なるほど
これちょっとノウハウかもしれないです
山岸さんありがとうございます

関東支部立ち上げ当時の苦労とは?

中村:
この関東支部が出来た時から山岸支部長は携われていたんですか?
30年前?

関東支部長:
30年前から

中村:
最初立ち上げる時はどうやってやるんですか?

関東支部長:
最初立ち上げる時は、松代の方から同窓会本部の同窓会長がお見えになりまして、
何とか関東でも支部を作りたいと

それで、当時は松代の同窓会長さんは昭和8年に松代高校を卒業した大先輩なんです
東京にお見えになりまして、旧制商業学校とか旧制女学校と新生高校のメンバーも
いわゆる設立プロジェクトチームってのを作ったわけです

それで、当時はですね
今の時代と違いまして、パソコンのない時代なんです

中村:
そうですよね
30年前
まだ、Windowsがないですよね?

関東支部長:
その時に、松代高校の同窓会本部から関東に卒業した人の名簿を頂きまして
1600人の名簿があったんです
約ですよ?

それで、第1回目の総会開催通知は封筒に
みなさん当時、毛筆で一人、一人
「第1回創立同窓会開催のお知らせは」
全部毛筆で書かれてる
その時に、役員のみなさんで

中村:
1600人?
いや、すごい話しですね、それも

関東支部長:
それで、旧制商業学校とか
昭和の新生高校ですよね
昭和20年代、30年代卒業のご先輩はまた字が上手なんですよ
毛筆の字が

中村:
けど、今だったらパソコンで
新しいのとかすぐ出ちゃう時代ですけど
年賀状でもね

みんなプリントでやってますけど
逆にそうゆうの今やったらいいですよね
なかなか出来ることじゃないですよね

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

関東支部長:
それでね、書いた案内状は気持ちが入っているんです
事務的じゃないんですよ

中村:
そうですよね
わざわざね

関東支部長:
そうです
それで、開催通知と返信ハガキを入れまして
最初集まったのは208名でございました
大変な盛り上がりがありましたですね

中村:
すごいですね
いきなり200人集まったんですね?

関東支部長:
今は、その半分の100名前後なんですけど
どんどん減ってきましたけども
私は当時ちょうど年齢がですね、40歳だったんです
創立総会に参加した時は

もう立食パーティーでしたけど
非常な熱気がありました
その時にやってた初代会長の話しが
旧制商業学校と女学校と新生高校が一緒になって
一丸となって同窓会を活動してみましょうと
大変な重みのあるお話しがありましてね

中村:
みんなそれぞれ違う学校だと思っちゃってるとこ
あるかもしれないですもんね
遠隔的なものが
女学校は女学校だと思ってますしね

関東支部長:
ですから、第1回の設立総会からしばらくは
総会の都度、校歌の斉唱があるんですけど

中村:
それぞれの校歌があるわけですよね?

関東支部長:
あります
ですから、最初は松代商業学校の校歌を歌うわけですね
それから、次に松代高等女学校の校歌と
次に新生高校の校歌と

それから新生高校の応援歌ですね
スポーツのさかんな学校でしたから
応援歌で歌おうと
そこでその校歌を歌うとともに
旧制商業学校、女学校、新生高校がですね

ひとつとなって非常にまとまりのある同窓会活動が
スタートしたわけです

中村:
昔の商業とか女学校の方が
今の新生の松代高校の校歌を歌ってくださるっていうのも
また考え深いものもありますね

関東支部長:
そうなんです
これは盛り上がりますね
最後に校歌斉唱するんですから

中村:
ましては、松代高校の卒業生からしても
昔の女学校とか商業の校歌なんか歌うことないでしょうからね
知らないかもしれないですよね

関東支部長:
そうですね

中村:
知らないですよね

最初に会長がやっぱりしっかりした意思があって
プロジェクトチームを作ったところが
その1600人手書きをしてくださる方がいらっしゃったってことが
すごいですね

関東支部長:
だから、随分手間がかかりましたよ
みなさん手分けをして、封入作業から
全部やってたわけですから

総会の案内状封入する
それで、切ってを貼る
郵便局に持っていくと
私ちょうど40歳の時に第一回の創立総会が開かれまして
10年後の50歳の時からですね、
こういった封入作業の手伝う仕事をずっとやってたんです

事前にですね、公民館のところに集まって
学年別に会報を封入する人
総会を封入する人
次の班は切手を貼る人
梱包する人
一列で並びなさいってことで
一番年齢が若かったので
「はい、はい」って聞きながらゆっくりやってきたんです

何かそう言った苦労したこともですね
一緒に作業することによって
先輩と後輩の心が通じ合って
終わったあとは、じゃあ2次会に近くに酒飲みに行きましょうと
そんな感じでしたね

中村:
確かに今は何でも機械化されちゃってますけども
合理的でもそれはあるかもしれないですけど
みなさんが手で想いの一緒に詰めて頂くような
気持ちはありますよね
やっぱり最初の頃の毛筆で書いたって言うのも
ずっと繋いで来たってところがあるんでしょうね

関東支部長:
それで、設立したのが平成元年で
その後、5年、6年経過致しましてね
やっぱり毛筆で書くのは大変だと流れが変わってきまして

中村:
いくらなんでもね
そうですね
それから多分パソコンも出来てきて

関東支部長:
それで、住所ラベルを作りましょうということでね
ある役員が勤務先で住所ラベルを作るノウハウを持ってましたから
そこで初めて住所ラベルを作りまして

中村:
パソコンはともかくワープロかなんかは出て来たかもしれないですね

関東支部長:
ワープロで打った時代ですね

ワープロで打って、それでのりで貼って、
封筒にのりで貼りますね

中村:
そんな時代ですね、あの頃は

関東支部長:
そうですね

関東支部の運営について

中村:
支部っていうのは例えば会報出したり、総会をしたりとか
お金かかるわけじゃないですか
いくらボランティアでやるって言っても
最低限のいろんな経費はかかるわけじゃないですか

本部は例えば新入会員から年会費みたいなのをもらったりとか
本体の方はどうにでも出来ますけど
支部ってそうゆう金銭面のことなんですけど
これはどうされてるんですか?

関東支部長:
年会費1500円を納めて頂いてるんです

中村:
その1000何人かの関東支部の方からですか?

関東支部長:
それで、関東支部の場合はですね
任意団体なんです
松代高校本部の同窓会は卒業すると全員が自動的に

中村:
そうですね
卒業と同時にということになりますもんね

関東支部長:
それで、松代高校同窓会本部の年会費は2000円なんです
私どもの1500円というのは本部の中から関東に在住している
卒業生にですね
関東支部の総会の案内をするんです

それで、1500円を納めて頂いた方が関東支部の
会員としてるわけなんです
従いまして、関東の在住者はですね
松代高校の本部同窓会費の年会費2000円プラス
任意団体で設立した関東支部の年会費
合計3500円を納めるようになってますね

中村:
でも、その関東支部の1500円ってそんなに納められる方っているんですか?

長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

関東支部長:
今ですね、大体年会費を納めてる方が400名おります

その内、今少し人数的には減ってきましたけども
350から400人
その内、総会に参加する人が4、5年前までは150人くらい集まってたんですけども
今、年々減ってきまして100名が参加人員です

そうしますと、仮に年会費納めて頂く方が300人
それで、実際に総会に参加する人が100人ぐらいと
ですから、総会に参加する方は年会費1500円と懇親会費、
イベント費8500円
会費合計1万円かかるわけです
ですから、総会にかかる経費については出席者の方から
8500円納めて頂きますので
それで運営してる状況でございます

中村:
ありがとうございます
なるほど
それだけ人数がいらっしゃるのがすごいですよね
やっぱりこの会報なんかでも12ページくらいあるんですかね?

結構立派なやつで、任意団体
入るのは任意団体なのかもしれないんですけど、
ちゃんと本部の会長さんの挨拶も校長先生の挨拶も
ちゃんと入ってるわけですから
ある意味、公の個人でやってるのとは違いますよね?

関東支部長:
違いますね

中村:
これは、決算もちゃんと出ておりますし
本当に校長先生の支部長さんの挨拶から始まって
本部の会長さん、校長先生なんかも入ってたりとかして
なるほど結構公には
公の組織ですよね?

関東支部長:
年会費1500円だけ納めて頂いて
総会に参加されない方についての情報は
この会報だけなんですよ
他にないんですよね

ですから、関東支部の会報を発行することによって
校長先生の話しとか松代の同窓会長のお話しとか
クラブ活動だとか決算の内容だとか
全部情報が伝わるようになったんです
そうゆう仕組みになってるんです

中村:
大変なご苦労があって30年も携われているんですけど
例えば、こうゆうことはボランティアじゃないですか?全部?
これが30年も出来るっていうのは
なかなか出来ないと思うんですよ
生活するために仕事の方が忙しいとか
そこら辺はどう?

関東支部長:
そうですね
やはり、基本はですね
ひとつは役員の人事異動がですね
頻繁にとは言いませんけども、最速ではね?
一期2年なんですね?

ところが大体2期4年くらい担当されるわけなんです
それで、支部長が変わった場合は大体年齢が4歳から6歳、7歳ぐらい
その時によって違いますけども
新しい支部長が決まりますね?
そうすると、副支部長とか理事の役員のみなさんは
支部長より年齢がみんな下という暗黙のルールがあるんです
世代交代を図っているんです

ですから、一人の方がずっと長くやってる
副支部長も会計も理事も他のみなさんが
ずっと長くなりますとね
世代交代が図ることが出来ないんです
私、7代目の支部長ですけど
世代交代をどんどん図ることによって
若い役員が増えてくるんですね
それで、やはり同級生に数多く参加してもらうためには
一番効果上がるのは、同級生が同級生を誘うっていうことなんです

そうすると世代交代を図っておりますから
自分の同級生を繋がって、徐々に担当者が増えて
継続したと思います
これが仮にですよ?
旧制商業学校、女学校とか
昭和20年代に卒業された先輩のみなさんが
長い間仮に支部長とか副支部長をされたらね

中村:
老朽化してきますよね、組織がね

関東支部長:
そうなんです
だから昭和30年代、40年代が参加してもみんな先輩だったと
やはり、世代交代を定期的に図っていかないと
同窓会は長続きしないと思いますね

中村:
引き継ぎする方はあれでしょうけど
受け入れてくださる方が順番にいらっしゃるというのは
すごいいいですね
受けて「よし、わかったと」
支部長さんも、その前は何か役員か何かされてたんですよね?

関東支部長:
私ですか?
私はですね、最初学年幹事というね
一つの同級生の代表として学年幹事という役職があるんですけれど
50歳から60歳まで10年間各クラスの学年の代表

中村:
そうゆうの元々やってたんですね

関東支部長:
60歳の時から理事という役職ポストがあるんですが
二期4年間
そのあと副支部長を二期4年間
ですから、理事と副支部長で通算8年やってまいりました

それで昨年から支部長に就任したわけであります
昭和43年にちょうど松代町の群発地震があった当時なんですけど
これは、昭和40年の時に群発地震始まりまして
この年から校庭にプレハブの仮設教室を作ったんです
トタン屋根とベニヤ板の

中村:
結構な被害があったんですよね?あの時

関東支部長:
大きな被害なかったんですけどね
5年間、群発地震が続いたんですね
私が、昭和43年に卒業した年に
鉄筋コンクリート建てのね、校舎にいたんですよ
私が3年生の時に一つ下の
私は3年間プレハブ校舎、仮設教室
一つ下の人は2年間、二つ下の人は1年間
このプレハブ校舎でですね
勉強したのがすごい絆
いいですね

中村:
逆にね

関東支部長:
逆に
ですから、今私が支部長で副支部長とか会計、幹事も
プレハブの仮設教室で勉強した仲間たちなんです
意外とスムーズに決まりました
それから、理事のみなさんは新校舎で勉強した方ですね

同窓会を長続きさせる秘訣とは?

中村:
同窓会をずっと携わられててご苦労もあったと思いますし
色々トラブルもあったりとか良いこと、悪いことって
なかなかね、長くすると
どうなんですかね?

関東支部長:
今ですね、私の時代から同じ松代町なんですけどね
先ほどお話したように群発地震の関係で
校舎が老朽化したもんですから
鉄筋コンクリート建ての校舎が出来たんです

私が、卒業してからですね
男女共学になったんです
それまでは旧制商業学校の場合は男子のクラスだったんです
商業科は旧制高等女学校は、普通科だったんです
ですから、明治時代に大正時代にね作った校舎で
私らも旧校舎の最後なんですけども

旧校舎の場合は真ん中に中庭がありましてね
商業学校の校舎、女学校の校舎と分かれてたんです
今度、鉄筋コンクリート建ての校舎、男女共学ですからね
学校の文化っていうのが大きく変わってきた

何が変わったかと言いますとね
旧制松代商業学校は、ちょうど一番大変だったのはですね
日本の太平洋戦争末期ですね
もう戦争に負けそうになったということで
昭和19年のね、3月に卒業する商業学校の生徒は
もう日本は戦争の敗戦が色濃くなったから
1年前の昭和18年に松代町の高校に海津城ってね
お城があるんです
武田信玄、今の松代城ですけど

そこの桜がですね
非常に綺麗なものですから
その時の商業学校の生徒はその石垣に登って
それで昭和18年の12月に卒業したんです
私たちは卒業したら将来どうなるかわかんないだろうということで
そこで4月桜のところで記念写真を撮って
それで12月に卒業したんです

それで、何を言いたかったかというと
当時は軍国主義の時代ですから
松代商業学校のですね、校歌とか応援練習も非常に厳しいんです

中村:
なるほどね
今とは違いますよね

関東支部長:
実は、私の時代まで続いたんです
私も応援団長してたんです
非常に厳しい練習です
これは、運動クラブも非常に厳しい
そうゆう時代だったんです

卒業した後はね、どこの運動クラブでも
応援練習でも今となってみれば懐かしいんです
ところが、もう新校舎になって男女共学になったと
応援練習もしなくなったんです
だから、その違いがありますね
ですから、私も支部長になったんですが
私は先輩から叱咤・激励・根性主義で教えてもらったんです

今の若い人に、叱咤・激励やれって
役員やりなさいと
そうゆう時代ではなくなってきたということなんです

それぞれの個性だとか想像力を大事にした
役員会を運営していきませんと
今までのやり方からどんどん変わってくる

ですから、一言でいうと今までのよい伝統は残して
こういった会報を作ることだとか
役員会の運営に関しては時代とともに
もう変えていかないと
この同窓会ってのは長続きはしないんじゃないかと思いますね

長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

中村:
でも、すごい今年からクラブが出来たりとか
あーゆうアイデアは誰が出すんですか?
その進化していくそうゆう、変えていく
変えていくって言っても誰かがリーダー
指揮とらないと上手くいかないですよね?

関東支部長:
三代目の支部長ですね
クラタクニオという三代目の支部長なんですけども
同窓会活動もね、電車の線路工事に例えますとね
初代の支部長、二代目の支部長はレールを引くために
一生懸命基礎工事をして、まくらぎを並べて
何とか電車を走らせるようにしてくれたと
で、三代目の方が電車がようやく走るようになったから
電車の中も綺麗にしましょうとか
みなさんが乗客しやすいように

そのためには、これクラブ活動に例えますとね
今までの年1回だけの総会だけではなくて
せっかくみなさんがお集まりになったんだから
同窓会の会報はこうしましょうと
最初これ同窓会の発行はですね
元高校時代に新聞部の人たちが関東支部の中で
新聞を発行しましょうという声が上がってきたんですね

簡単なかわら版でもよいから情報を伝達したいと
その時の支部長が
じゃあこれはもう同窓会活動の重要な
基本的な方針にしましょうということになりましてね
これを関東支部会報っていうのを作り始めたんです

それからクラブ活動についてもね
やはりせっかく先輩と後輩が
同じ総会場に集まったと
それぞれ、自分の出身の村がわかるようになったと
何か趣味をひとつにしましょうと
同じ趣味を

中村:
共有していくって感じですよね

関東支部長:
共有していきましょうということになったわけです
それで、先ほど申し上げましたね
6つのクラブ活動が出来たんです

中村:
でも、その意見を言っても
すぐ形になるのがすごいですよね
「パンパンパン」と

関東支部長:
はい、ですから最初はですね
参加人員も少なかったと思います
ですから、設立した当時は
この会員のみなさんにPRしたわけですね

6つのクラブ活動が出来ましたから
どうですか?加入しましょうって
でも、クラブ活動の中では
開催を年に1回しましょうとか
年に2回しましょうとか

ハイキングクラブとかカルチャーウォーキングでしたら
どこの地域行ったらいいだろうかとか?
お昼ご飯は野原でシートを引いて食べようとか
そう言ったことが各クラブごとにですね
意見が交換されまして

中村:
クラブはクラブ内で色々打ち合わせを
してるわけですよね?
幹事さんがいらっしゃてね?
総会とか以外にも連絡がね
コミニュケーションが取れてるわけですよね、普段

関東支部長:
クラブ活動も軌道に乗せるまで大変だったと思います
参加費もね
なるべく少なくして、みんなが楽しんで頂けるような
このクラブ活動が出来上がったと思います

中村:
でも、すごいいいコミニティーで
他にはなかなか出来ないような
上手いなと思うんですけども

同窓会以外にも故郷の長野県に関わる

中村:
全体的に関東支部のお話をさせて頂いてたんですけど
山岸さんは支部長としての
支部長はお仕事にはならないじゃないですか?
ボランティアでずっと同窓会支えられて
お仕事は何をされてるんですか?

関東支部長:
私はですね、会社を65歳で退職したあとですね
これから自分の人生は少しでも長野県に関わるような
仕事をしてみたいと

中村:
今、おいくつなんですか?

関東支部長:
私、68歳でございます
65歳で仕事退職したあと、
他のマーケティングリサーチ会社1年ほど勤務致しましたけども
たまたま、昭和5年にですね
設立した長野県人会連合会っていう組織がございまして

長野県松代高等学校同窓会関東支部

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

中村:
県人会ですね

関東支部長:
この県人会組織はですね
東京の各市区町村ごとに県人会ありました
例えば、新宿区県人会とかこらえだ市県人会だとか
こう言った県人会の組織をですね
長野県人会連合会という組織にひとつにまとめましょうと
いうことになりまして

同じ県人会なんですから
で、昭和5年のですね10月の26日に長野県人会連合会という
組織が出来上がりました
それで、県人会の活動はですね
二通りありまして、先ほど申し上げました

各地区ごとの県人会活動もあるんです
総会だとか各地区の
で、長野県人会連合会の大きな行事としては
年に1回ですね、長野県人会大会というのを開催しております

当日は、ふるさとの方から長野県知事
それから長野選出の国会議員始め
大変多くの方が集まりました
昨年、一昨年は芝公園のメルクパールホールでやってたんですが
それまでは渋谷公会堂で長くやっておりました
あとは、新年会とか忘年会とか
この行事は長野県人会連合会の組織としての行事なんです

中村:
県人会の中では、支部長様は何をされてるんですか?

関東支部長:
私の仕事はですね
長野県人会連合会では、昭和5年から月刊信州の東京という

中村:
これさっきお持ちしたやつ?
信州の東京?いい名前ですね、これね

関東支部長:
月刊誌をですね、発行
毎月なんです

中村:
これを、編集してる?

関東支部長:
はい、こちらを編集しております

中村:
あっ、編集長なんですね?こちらの?

関東支部長:
平成28年の5月号からですね
編集を担当しております

中村:
これだけのページ数のものを毎月って
すごい大変ですよね?

関東支部長:
はい、毎月ですね原稿を書いて頂ける方
定番では約6割から7割の方にエッセイだとか
色んな旅行記だとかを書いて頂きます
非常にバラエティ豊富でありまして
漢詩があったり、短歌があったり、俳句もあります

それから、長野県内のですね、情報を
関東にいらっしゃるみなさんに伝えるために
長野県内の市区町村役場が県下で78ございます
こちらの市区町村役場からですね
発行される広報誌ございますね?
こちらの広報誌を全部送って頂きまして
で、私どもの方で東京に住んでる方に
お伝えしたい記事ですね

そういった記事を載せたりだとか
それから長野県の観光機構の方から
毎月長野県の出来事という情報を頂いております
政治のこと、県内の経済のこと、スポーツの出来事
そう言った情報もこの月刊誌に入れております
それから、各地区の県人会の活動ですね
例えば、どこどこの地区の県人会で新年会を行いましたとか
ふるさとの訪問旅行を行いましたとかね

中村:
これってだけど本当にお話しを聞いてると
話しの中身っていうのは会報にもすごい役立ちますよね

関東支部長:
役立ちますね

離れてもふるさとと繋がり続ける

中村:
私これ会報の中でも全然使えるなと思ったんですけど
逆に関東支部の同窓会でもこれ欲しがる人
いらっしゃるでしょうね?

関東支部長:
随分加入しております

中村:
そうですよね、話し聞いてたら
これは年に1回ですけど
こっちは毎月ですもんね
ふるさとの情報ですよね?

関東支部長:
詳しく調べてないけど、松代高校の卒業生だけでも30名近くが
長野県人会連合会に加入しておりますから
一番多いと思いますよ
長野県の出身高校の中で

中村:
そうですね
長野県と言っても、大きな範囲になっちゃうんでしょうけど
会報の特に関東支部とか支部の活動の中のふるさとの情報としては
あと記事の構成の仕方?
それはためになるお話しだなと思って今聞いてました

関東支部長:
それから、こちらのですね
月刊信州の東京は、毎月長野県内の景色のいい写真を

中村:
ふるさとの写真ですよね?

関東支部長:
ふるさとの写真なんです
この写真を、それぞれ地区の観光協会さんから
提供して頂きます。
この写真説明は目次の下に解説文を

中村:
どこの写真かですね

関東支部長:
これは各、地区の観光協会のみなさんに執筆して頂いてるんです
そうすると自分のふるさとの写真が掲載されたと
これまた喜んで頂いてますね

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

(左)にほんの同窓会:中村 充 (右)長野県松代高等学校 同窓会 関東支部:山岸 喜昭支部長

中村:
関東支部の活動にしても県人会の活動にしても
ふるさとに対しての想いをみなさんに伝えてるというのは
先ほど、定年退職されてふるさとに関わるという話しもされてて
そうゆうものがあってやっぱりこうゆうものが出来るんだろうなと
そうゆう風に感じましたね
ふるさと愛って言うんですかね

関東支部長:
従いましてね
この同窓会の関東支部にしても
月刊信州の東京にしてもですね
これはふるさとと関東の間のね
心と心を繋ぐ架け橋役なんです
この新聞は
こちらもそうなんです

誰でもね、自分のふるさとの状況知りたいし
懐かしく感じますよね
こういう新聞があると

中村:
知らない間に忘れちゃったりしますもんね
そういう想いがないとなかなかこうゆうっていうのは
出来ていかないんだろうなっていうのは
お話しを聞いて
ただ新聞を作ればいいとか
本を作ると言っても
そうゆう核となる部分が
架け橋になるとかそうゆう想いがやっぱり
大事じゃないかと思いましたけど

卒業生に対するメッセージとかでもあれば

関東支部長:
会員のみなさま
是非、関東支部の会ご希望の方は
私、昨年の6月に支部長に就任致しました
山岸喜昭でございます
どうぞ、お電話を頂ければすぐ会報をお送りさせて頂きます

今年の総会は、6月の第二日曜日
毎年原宿駅前の「南国酒家」で行ってます
是非とも、ご参加頂きたいと思います
よろしくお願い致します

中村:
本当にそうゆう想いだけでね
こうゆう支部長さんがやっておられて
松代っていうふるさとを大事にしていくっていうことでは
もし関東でずっとお住まいの方いらっしゃったら
ご連絡して頂きたいなと
どんどん発展をさして頂ければと

関東支部長:
本当に今日は好き勝手なことを
お話しさせて頂きましてありがとうございました
これからはね、もう余暇は同窓会活動が一番いいんです
それで、健康で
みなさん是非長生きをしていきましょう

中村:
本当に勇気づけられますね
これからの同窓会
本当に同窓会を前向きに楽しく取り組んでおられる
今日は、山岸支部長さんに来て頂きまして
貴重な時間お話しを頂きました
本日はどうもありがとうございました

関東支部長:
どうもありがとうございました